かずくんの言葉に救われた日──心がほどけた瞬間の記録

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awabotaに通いはじめた頃、私はまだ不安のほうが大きかった。

年齢のこと、初めての環境のこと、自分がここにいていいのかという戸惑い。

そんな時、かずくんのひと言が、私の心を静かに救ってくれた。

その瞬間のことを、今日は言葉にして残しておきたいと思う。

不安の中で立っていた私

awabotaに初めて足を運んだ日のことを、今でもよく覚えている。

事務所の空気は明るく、みんなが笑顔で話していた。

けれど、その中に混ざる勇気がなかなか出なかった。

周りの人たちはすでに顔なじみのようで、会話も自然に弾んでいた。

笑い声が飛び交うその輪の中に、どう入っていいのか分からなかった。

誰も冷たくしているわけではないのに、

自分だけが少し外側にいるような感覚があった。

「私がここにいていいのかな」

そんな思いが心の中で小さく響いていた。

会話の内容も、どこか難しく感じた。

みんなが未来のことを語っているように聞こえて、

私はただ相づちを打ちながら、少し距離を置いて見ていた。

それでも、みんなの表情がとてもやわらかくて、

そこに流れる空気には“あたたかさ”があった。

帰り道、夕暮れの風を受けながら思った。

「今日はほとんど話せなかったけれど、あの場の空気は優しかったな。」

その小さな安心感が、次の一歩につながった。

“また行ってみよう”——

そう思えたことが、私の中では大きな変化だった。

かずくんの言葉──心に灯がともった瞬間

それから何度かawabotaに通うようになった。

少しずつ顔を覚え、名前を呼ばれるようになっていった。

それでも、どこか心の奥には“自信のなさ”が残っていた。

ある日のミーティングで、

自分の考えを話す番が回ってきた。

言いたいことは頭の中にあったのに、

声に出そうとすると、言葉がうまく出てこなかった。

そんな私を見て、かずくんが穏やかに言った。

「無理に話さなくてもいいよ。

感じていることがいちばん大事だから。」と

その瞬間、胸の奥にあたたかい光がともった。

長いあいだ張りつめていた心が、ふっとゆるんでいくのを感じた。

「感じていることが大事」——

その言葉が、私の中に静かに沁みていった。

私はずっと、「うまく話さなきゃ」「間違えちゃいけない」と思っていた。

けれど、awabotaでは誰も私を試そうとはしていなかった。

そこにあったのは、ただ “人と人が出会って、感じ合う場”だったのだ。

そのことに気づいた瞬間、

私は初めて「居ていい場所」を見つけたような気がした。

あの時のかずくんの声のトーン、紗代ちゃんやミータクのやさしさ、まなざし、そして言葉の柔らかさ——

どれもが私の心をそっと救い上げてくれた。

言葉が心をほどくとき

その日を境に、私は少しずつ変わりはじめた。

無理に背伸びをするのをやめ、

“分からないことを聞く勇気”を持てるようになった。

awabotaでは、誰もがそれぞれのペースで学び、感じ、語り合っている。

早い人が偉いわけでも、詳しい人が上だということもない。

そこに流れているのは、**「尊重」と「安心」**というやさしい空気だ。

私は気づいた。

「分かろう」と必死になるよりも、

「聴こう」と耳を傾けるほうが、ずっと大切なのだと。

その考え方は、私の職場での姿勢にも影響を与えている。

介護士さんや他職種のスタッフと関わる中で、

専門用語をそのまま言っても伝わらないことがある。

たとえば「SpO₂が下がってきています」と言っても、

ピンとこない人もいる。

そんな時は、「酸素飽和濃度が下がってるってことですよ」とやさしく言いかえる。

そのひと手間が、チーム全体を動かしやすくしてくれる。

以前は「分からない人が悪い」と思ってしまったこともあった。

でも今は、「どうすれば伝わるかな」と考えられるようになった。

それは、かずくんのあの言葉が、

私の中で生きているからだ。

言葉には、心をほどく力がある。

そして、人を近づける力もある。

受け取った言葉を、今度は私がつなぐ

ある日、スタッフが仕事でミスをして落ち込んでいた。

私はそっと隣に座って声をかけた。

「焦らないで少しづつ覚えていけば、大丈夫。」

その言葉を口にしたとき、ふと気づいた。

——あの日、かずくんが私に言ってくれた言葉と同じだった。

人からもらった優しさは、心の中を通って、

自然と誰かへ渡っていく。

それは意識して伝えるのではなく、

生き方の中でにじみ出ていくものなのだと思う。

私は今、受け取ったものを静かに“つなぐ”役割を感じている。

職場でもawabotaでも、人と人が支え合う循環の中で、

私はその一部として生きている。

あの日、かずくんの言葉がなければ、

私は今もどこかで自分を責めていたかもしれない。

でも今は、誰かの笑顔を見て心から思う。

「人の言葉って、ほんとうに力になる」と。

言葉の温度──人と人の間にあるもの

awabotaで過ごす時間の中で、私は「言葉の温度」というものを知った。

同じ言葉でも、話す人によってまったく違う響きを持つ。

かずくんの言葉には、あたたかさと余白がある。

押しつけず、急がさず、ただ“その人を信じて見守る”ようなやさしさ。

私もいつか、そんな言葉を使える人になりたい。

誰かが迷っているとき、焦っているとき、紗代ちゃんやミータクのように

その人の背中を静かに支えられるような存在でありたい。

人は、完璧な励ましよりも、

「そのままでいいよ」と言われたときに救われる。

それを教えてくれたのが、かずくんだった。

おわりに

──救われた日から始まった、やさしい循環

あの日のかずくんの言葉は、今でも私の中に生きている。

思い出すたびに、胸の奥がじんわりとあたたかくなる。

人は誰かの言葉で救われ、

その救いが、また別の誰かの希望になる。

awabotaでの学びも、職場での関わりも、

その小さな光をリレーするようなものなのだと思う。

あのとき救われたから、今の私がいる。

そしてこれから出会う誰かのために、

今度は私の言葉で、誰かをそっと支えたい。

学びとは、教科書の中にあるものではなく、

人の心の中で生まれ、言葉として広がっていくもの。

awabotaは、そのことを私に教えてくれた。

——ありがとう、かずくん、紗代ちゃん、ミータク。

あなたの言葉が、今日も私を動かしている。

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「職場とawabota、ふたつの学びの場で見つけた“私らしい成長”」

 

👩‍🦳 ヨーリー|72歳からブログ挑戦中
長年、看護師として多くの命と向き合ってきました。
文章を書くことは苦手で「ブログなんて絶対に無理」と思っていましたが、awabotaとAIに出会い、挑戦を始めました。

いまは「72歳からだって新しい物語は始まる」をテーマに、AIと仲間に支えられながら、自分の気持ちや経験を少しずつ文章にしています。

話したくなったら、XにDM下さい。

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