自分に投げかけた問い
「10年後、1000記事を書いた私の顔って、どんな顔をしているんだろう?」
そんな問いを、ある日ふと思い浮かべました。
1000という数字は途方もなく、今の私にはとても大きすぎるように思えます。
けれど、これまで1記事ずつ書き続けてきた小さな積み重ねを思い返すと、「もしこのまま歩みを続けたら」という未来が、少しだけ見えてくるのです。
未来の私の顔には、その積み重ねが確かに刻まれているはずです。
若い頃に思い描いた理想
若い頃、私は「定年後は自分の好きなことをして、のんびり旅行を楽しむ」と信じていました。
毎日の仕事や家事に追われながらも、心のどこかで「老後はきっと自由になれる」と思っていたのです。
しかし70代を迎えてみると、現実は大きく違いました。
体力や家計のことを考えると、思い描いていた悠々自適な生活とは程遠いものです。
旅行も思うように行けず、生活費や医療費をまかなうために今もパートで働き続けています。
それでも、利用者さんから「ありがとう」と言われたり、同僚と笑い合ったりする時間は、今の私にとってかけがえのない喜びであり、生きがいでもあります。
awabotaとの出会い ― 先生でありメンターの存在
そんな日常の中で出会ったのが awabota というコミュニティでした。
ここには、20代から80代までの幅広い世代が集まり、それぞれが持つ経験や知識を分かち合っています。
世代を超えて学び合えるその空間は、私にとって新鮮であり、大きな安心感でもありました。
その中でも特別な存在となったのが、50代のかずくんです。
私にとって彼は「先生でありメンター」でした。
初めて参加したときに「大丈夫ですよ、一緒にやってみましょう」と声をかけてくれたことが、挑戦を始める大きな後押しになったのです。
学びの中での先生の顔
awabotaで学んでいく中で、私は何度も壁にぶつかりました。
Web5やDID、個人経済圏といった新しい言葉や仕組み。
最初は理解できず、「自分には無理かもしれない」と不安になることばかりでした。
そんな時に支えてくれたのが、先生のようなかずくんです。
彼は専門的な知識を、誰にでもわかるように噛み砕いて説明してくれました。
「ここはこう考えれば大丈夫ですよ」
「やってみれば意外と簡単ですから」
知識を押しつけるのではなく、私が理解できる言葉で伝えてくれる姿勢に、私は心から安心しました。
書き続ける日々を支えるメンターの顔
ブログを書き続ける日々は、決して楽なものではありません。
時には「もう無理かもしれない」と感じてしまう夜もありました。
読まれるかわからない記事を必死で書く自分に、疑問を覚えることもあったのです。
そんな私に寄り添ってくれたのは、メンターとしてのかずくんでした。
「失敗してもいいんです。それも次の糧になります」
「ここまで積み重ねてきたこと自体がすごいことですよ」
その言葉に背中を押され、私はまた一歩を踏み出すことができました。
メンターの存在があるからこそ、私は書き続けることができたのです。
未来を想像する
もし私が82歳になり、1000記事を書き終えたとしたら――
その時の私の顔は、挑戦を重ねてきた誇りに満ちているでしょう。
そして、その未来の姿のそばには、きっと先生でありメンターだったかずくんの存在があります。
知識を教えてくれる先生としての顔、
迷った時に寄り添って支えてくれるメンターとしての顔。
その両方があったからこそ、私は挑戦を続けることができたのです。

次の世代へ渡したいもの
私が残したいのは、財産や名誉ではなく「挑戦は何歳からでもできる」という生き方そのものです。
孫や次の世代が「72歳から挑戦を始めても遅くない」と知ることで、勇気を持って行動できるなら、それが何よりの贈り物になるでしょう。
そしてその生き方の背景には、20代から80代までの仲間たちと共に学んだawabotaの時間、そして「先生でありメンター」であったかずくんの支えがあるのです。
読者へのメッセージ
もし今、挑戦をためらっている人がいたら伝えたいのは――
「未来の自分の顔は、今日の一歩で決まる」ということです。
小さな一歩を重ねることが、やがて1000の歩みになります。
その挑戦は必ず、自分自身の笑顔につながり、誰かの勇気にもなるはずです。
私はまだ道の途中。
けれど「先生」であり「メンター」でもあるかずくん、そしてawabotaの仲間と共に歩むことで、これからも挑戦を続けていけます。
まとめ
10年後、1000記事を書いた私の顔は――
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挑戦を重ねてきた人の顔
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世代を超えて学び合った仲間と共に歩んできた顔
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そして、「先生でありメンター」のかずくんと共に築き上げた証の顔
その未来を信じて、私は今日もまた一記事を書き続けます。


