自分の命 ― ここまで歩いてきた道

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73年という月日を振り返ると、私はいつも「命」という言葉にたどり着きます。
うれしかった日も、苦しかった日も、ひとりで踏ん張った日も、だれかに支えてもらった日も、すべてがひとつの線になって、今日の私につながっている——そんな実感があります。

生きるというのは、ただ時間が過ぎていくことではなく、
「その都度、心が揺れながらも前に進んできたこと」 の積み重ねだと、今だからこそ思えるのかもしれません。

幼いころの私は、まだ世界の形も知らず、ただ家族のぬくもりに包まれて生きていました。
そのころの記憶は、季節の風や、台所に漂うごはんの匂い、父が山から持ち帰った山菜の香りとともにあります。あれは、命の“はじまり”の安心そのものだったように思います。

成長するにつれ、人生には思い通りにならないことも、突然の別れも、人には言えない泣きそうな夜もあると知りました。それでも私は、生きることをやめずに、歩き続けてきました。

振り返れば、そのひとつひとつが私の命を深く、あたたかく、強くしてくれたように感じます。

そして今。
70歳を越えて、私はまた新しい学びと出会い、人とのつながりの中で、命がもう一度動き出すような感覚を味わっています。若い仲間たちのまっすぐな優しさや、コミュニティで交わす何気ない言葉が、私の内側に静かな光を灯してくれるのです。

「生きていてよかった」
そう心から思える瞬間が、年齢を重ねるほど、増えてきました。

このブログに書く「自分の命」は、特別なものではありません。
どこにでもあるようで、どこにもない、私だけの軌跡。
それを丁寧にたどっていくことで、これからの自分に、そして誰かの心に、そっと寄り添う言葉になることを願っています。

👩‍🦳 ヨーリー|72歳からブログ挑戦中
長年、看護師として多くの命と向き合ってきました。
文章を書くことは苦手で「ブログなんて絶対に無理」と思っていましたが、awabotaとAIに出会い、挑戦を始めました。

いまは「72歳からだって新しい物語は始まる」をテーマに、AIと仲間に支えられながら、自分の気持ちや経験を少しずつ文章にしています。

話したくなったら、XにDM下さい。

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